アスレティックトレーニング備忘録

米公認アスレティックトレーナーがスポーツ傷害、リハビリ、トレーニングなどについて不定期で書いてます。

脳震盪の復帰プロセスとConcussion Policyについて

 

こんにちは。イマザキです。
先日Gリーグでプレイしている渡邊雄太選手が脳震盪を受け、数試合ベンチを外れるというニュースがありました。(幸いにも今日復帰したようですが)。脳震盪は近年アメリカのスポーツ界では問題になっており、どの競技団体もConcussion Policy(簡単に言うと脳震盪が起こった際の決まり事)を定めています。日本の競技団体ではまだあまり浸透していないため、渡邊選手がどのような過程を経て復帰するのかイメージがわかない方もいると思うので僕の分かる範囲で紹介していこうと思います。

 

1、復帰プロセス
National Basketball Association Concussion Policy 2018-2019 Seasonに寄りますと、脳震盪の診断を受けた選手は安静にし、脳震盪の症状が寛解後チームドクターの許可のもとReturn to Participation Exertional Processを始めるとあります。このプロセスには低強度から順にStationally Bike, Jogging, Agility Work, Non-Contact Team Drillsが含まれており、段階的に強度が上がっていくように設計されています。このプロセスは2016年の国際学会でのコンセンサスステートメントをベースにして作られています。このコンセンサスステートメントではlight aerobic exercise、sports specific activity、Non-contact training drills、Full contact practiceとなっています。


NBAのConcussion Policyもこのコンセンサスステートメントでも次のステージに進むにはメディカルスタッフ(主にチームドクターもしくはアスレティックトレーナー)による評価が必要で、もし脳震盪の症状が再び出てしまった場合、症状が治まるまで安静にした後、同じステージから再開になります。NBAのConcussion Policyには明確な記載がありませんがコンセンサスステートメントによると各ステージの間は24時間開けるのが望ましいとあります。実際に僕もジョギングをした直後は問題なくても次の日に頭痛が出てしまったという経験があるので次のステージまで時間を空けることは大切だと思います。


ここで注意が必要なのは、脳震盪の復帰プロトコルにはタイムフレームが無いという事です。最短で行けば1週間程度で復帰できますが(それでも1週間程度かかります、日本のように次の日に試合に出られるわけではありません)、中には数週間から数か月必要な選手もいます。脳震盪からの復帰には個人差が大きいという事を覚えておいてください。

 

2、競技復帰
National Basketball Association Concussion Policy 2018-2019 Seasonに寄りますと競技復帰には以下の条件が求められます。

  • 安静時に脳震盪の症状が無いこと。
  • 医師による診断を受けたこと。
  • Return to Participation Exertional Processを終えたこと。
  • チームドクターがNBA Concussion Programディレクターと協議をしたうえで復帰可能と判断したこと。

これはあくまでNBAのConcussion PolicyなのでNBAのルールです。ほかのリーグについては後述しますが、最後に医師の許可が必要なのはアメリカでは一般的です。

 

3、ほかの競技について
どの競技、団体においても安静→段階的エクササイズ→医師の許可→競技復帰という一連の流れは同じなのですがほかの競技のConcussion Policyにみられる特徴をご紹介します。

 

MLB:
MLBと選手会のCollective Bargaining Agreementによると脳震盪と診断された選手に対してチームは特別に7日間の故障者リスト枠を使うことができます。普通の故障者リスト枠が10日間か60日間なのでチームとしては脳震盪と診断された選手に対してよりフレキシブルにロースターを変更できるようにされているようです。もちろんこれは最短が7日間であるというだけで選手の回復度合いによって延長は可能なようです。


また復帰にあたってリーグのメディカルディレクターの許可をもらわなければいけないのはNBAと一緒ですが、MLBでは選手が復帰可能か疑わしい場合、メディカルディレクターにはチームに専門医に診察するように命令する権限があります。この専門医はそれぞれのチームのホームタウン毎にあらかじめリーグから認定を受けているようです。

 

NFL:
アメフトのプロリーグであるNFLではその競技特性上、脳震盪のリスクも高く過去に様々な批判を受けたこともありリーグとしてより脳震盪対策に力を入れているように感じます。


NFLのConcussion Policyの最大の特徴はチームに属していない医師が関わるという事です。まず脳震盪が疑われる場合、サイドラインでチームドクターとUnaffiliated Neurotrauma Consultant (UNC チームに属していない脳神経外傷の専門家)によって簡易な評価をします。もし少しでも脳震盪の疑いがあるようであればロッカールームに連れていきさらに詳しいテストをします。NBAとMLBがチームのATとチームドクターによる評価なのにたいしてNFLは外部の人間を入れることでより選手の安全を守ろうしています。また復帰にあたっても上記に挙げたようなエクササイズプログラムを終えた後、リーグから認められ尚且つどこのチームにも属していない神経科医から復帰の許可を得る必要があります。


試合数自体が少なく資金力もあるNFLならではだとは思いますが、さすがNFLという感じがします。


NCAA:
アメリカの大学スポーツを管轄するNCAAでは統一のConcussion Policyはないのですが、代わりに各大学にConcussion Policyを制定するように定めています。
例えばネブラスカ大学リンカーン校のConcussion Policyに寄りますとATがまず評価し脳震盪と疑われた場合、チームドクターによる評価が行われます。さらに症状が寛解し段階的エクササイズを始める前にドクターの許可得て、復帰前にもう一度チームドクターの許可を得ます。これはDivision 1のように資金がありチームドクターが定期的に学校に来てもらえるような学校ならではのConcussion Policyです。ちなみに僕が勤務している大学はDivision 2でそこまで資金がないためドクターによる評価は復帰前の一回です。


大学スポーツのConcussion Policyの大きな特徴としては学業に関する項目があることです。例えば先ほどのネブラスカ大学の場合、選手が脳震盪と診断された場合、チームドクターがアカデミックプログラムのアソシエートディレクターに連絡を取り、そこからその選手の取っている授業のインストラクターに連絡がいくようになっています。そして脳震盪の症状によっては授業を休むことや提出物の量を調整すること等が認められています。


脳震盪は認知機能にも大きな影響を与え、物事を考えたり集中したりすることで症状が悪化、また回復が遅くなると考えられているためこのように大学では学業面でもサポートが得られるようになっています。

 

まとめ
各リーグによって微妙な違いはあるものの脳震盪受傷→安静→段階的エクササイズ→医師の許可→復帰というプロセスはアメリカでは高校からプロまで普及しています。また脳震盪は最悪生死の関わるため、これらのプロセスをしっかり文章にしてあらかじめ決めておくことは選手の命を守るうえで重要なことです。あとATとしては文章になっていることで外からのプレッシャー(ファンや保護者、監督など)に対する武器になります。


今後選手の脳震盪のニュースを見聞きしたときに大体こんな感じで復帰してくるんだなって大雑把にでもイメージしてもらえると幸いです。また、日本ではまだ規定を作っている団体は少ないと思いますが、もし選手が脳震盪になった場合翌日にすぐ復帰させずに上記に挙げたプロセスを参考に時間をかけて復帰させてあげてほしいと思います。
ではまた。