アスレティックトレーニング備忘録

米公認アスレティックトレーナーがスポーツ傷害、リハビリ、トレーニングなどについて不定期で書いてます。

米ATの脱臼対応 NATA ポジションステートメントより 

こんにちは。イマザキです。

先日National Athletic Trainers’ Association (NATA)の脱臼の処置に関する新しいポジションステートメントが出ました。今回はそのポジションステートメントを紹介したいと思います。

 

1、背景

まずポジションステートメントの本文に入る前に、背景となるアメリカの脱臼に関するアスレティックトレーナー(AT)事情を説明しようと思います。

 

脱臼が起こった際に関節を元の状態に戻すことを整復といいますが、日本の場合医師並びに柔道整復師の資格を持った人がこの整復を行うことができます。日本でチームについてトレーナー活動をされている方の多くがこの柔道整復師の資格を持っている為、選手が脱臼した際にその場で整復をしているところ見た人もいると思います。

 

しかしアメリカの場合、今までは医師による整復が一般的でした。その理由の一つに整復の技術がアスレティックトレーナーの教育プログラムに入っていなかったことが挙げられます。僕もアスレティックトレーニングの授業では脱臼が起こった際は末端の血流並びに神経の状態を確認し患部を固定したうえで病院に送るように教えられました。僕は整復のトレーニングを受けたわけではなく、整復の技術も今のところはないのでこの通りに対応しています。

 

あくまで主観ですが、柔道整復師の方が活躍されている日本では脱臼→その場で整復→骨折などの検査の為病院へ搬送というパターンが多いのに対して、アメリカでは脱臼→病院へ搬送→医師による整復というパターンが多いのではないかと思います。(もう一度言います。あくまで個人の主観です‼)

 

しかし2020年から施行される新しいアスレティックトレーニングのカリキュラムの中に整復が含まれることが決まっています。(あと生理食塩水やインシュリンの投与、傷の縫合、Joint manipulationも。羨ましい‼)このこともあり今後アメリカでのスポーツ現場での脱臼に対する処置が変わってくることが予想されます。

 

2、Position Statement

さてやっと本題のポジションステートメントに入ります。今回のポジションステートメントのタイトルはNational Athletic Trainers' Association Position Statement: Immediate Management of Appendicular Joint Dislocationsです。

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今回のポジションステートメントには27個のRecommendationが記載されています。しかし、なんとそのすべてのStrength of Recommendation (SOR)がABC評価のうちのCでした。上記にもあるように今までスポーツ現場で整復をするというケースが少なかった為、研究自体の少なさが表れていると思います。また新カリキュラム導入にあたって、NATAとしても現場での対応の方針を示さなければいけないという事情もあるのでしょう。では大雑把にこれらのRecommendationを見ていきましょう。

 

2-1 Legal Consideration

Recommendationの1から3はLegal Consideration (法的考察)について述べられています。 法的な事柄が最初に来るのはいかにもアメリカらしいといえばアメリカらしいと思います。

主な内容としては、事前に州のレギュレーションを確認する事、事前に雇用契約書や雇用先のポリシーを確認する事、そして事前にチームドクターによるどの部位の整復をどのような手法でATが行うのかを記載した書類を作ることが挙げられています。

 

アメリカでのATの活動内容の制限は州によって異なります。例えばATが針治療を行える州都行えない州があります。同じように整復に関しても事前に州の法律を確認する必要があります。また整復の場合、少ないとは言え整復によって骨や軟部組織が傷つくこともある為事前にポリシーを作って選手からも同意をもらっておくことは訴訟のリスクを軽減することにもなります。(最近何でもかんでもポリシーを作れってのはどうなのとは思いますが、、、)

 

2-2 Technique and Skill Considerations

Recommendationの4から8はテクニック&スキルに関して書いてありますが、具体的な手法についての言及ではなく、チームドクターがATに対して整復の方法などを指導し、ATはその指導の範囲内の状況でのみ整復を行うのが望ましいという旨の内容が書かれています。

 

アメリカでのATの活動は、原則的に医師の管轄の下でという事がほとんどの州の法律に明記されています。病院で働くATの場合はその病院のドクターの管理下にありますし、大学等で働く場合はチームドクターの管理下にあります。今後、学校で整復を学んだATと僕らのような学んでいないATが混在することになる為、ATを管轄する医師を通して誰が整復を行っていいのかをあらかじめ決めておきなさいという事のようです。こういう新しい基準ができたときにその基準以前に資格等を取得した人の扱いは難しいですが、このように現場に応じて柔軟に対応できるのは医師とATの関係がしっかり体系化されているアメリカの制度の強みかなと思います。

 

2-3 General Patient Management Considerations

Recommendationの9-14は脱臼の処置に関する大枠が述べられています。内容としては、整復を行う前後に血流や神経症状の確認をすること、骨折が疑われる場合は整復を行わないこと、整復後は患部を固定の上病院へ搬送する事、骨端軟骨が閉じていない年齢である場合は整復を行わないことです。どれもベーシックな内容ですが、脱臼の際の末端の神経血管系の確認は絶対に忘れてはいけないことだと思います。

 

2-4 Joint-Specific Recommendations

Recommendationの15から23に関しては各関節に関する留意事項が書かれています。これも具体的な手法などではなく、あくまで大雑把な内容です。共通する部分としては、医師の指示の下で整復を行う事(これはあくまでシーズンが始まる前などの事前の申し合わせの中での指示で現場での指示というわけではない)。整復が一度で上手くいかなかった場合、複数回整復を試みるのは望ましくないといことが挙げられています。

 

それに加えて各関節の注意事項としては以下のようなものが挙げられています。

肩甲上腕関節:骨折もしくは後方脱臼が疑われる場合は整復を行わず、固定の上病院へ搬送する事。

肩甲上腕関節のほとんどは前方脱臼でフットボールのようなコリジョンスポーツですと毎シーズン最低1回は遭遇する印象です。このポジションステートメントの考察にもありますが非常に強い痛みを伴うため整復が可能であればその場で整復してあげた方が選手にとってはありがたいでしょう。

 

股関節:骨折を伴うことが多いため、必ず整復後に病院へ搬送する事。

このPosition Statementの考察によると、股関節脱臼後の大腿骨骨頭の阻血性壊死を防ぐために早急な整復が必要と考えられているようです。とは言うものこの考察に挙げられている先行研究によると6時間以内なようなのでよほどの過疎地にいない限りは大丈夫かなとは思います。

 

脛骨大腿関節:神経血管系の損傷を伴う可能性が高い為末端の状態を確認する事。複数の靭帯損傷を伴う場合は脱臼後自然に整復されたとみなして対応する事。

脛骨大腿関節、いわゆる膝関節が脱臼した場合もはや整復とかそれどころじゃないなとは思います。考察によると脛骨大腿関節脱臼患者の10-64%が血管も同時に受傷しているとある為、実際に遭遇した際は慌てずに患部の固定と末端の神経血管系の確認をしなければいけないと思います。

 

肘関節:骨折と神経血管系の損傷が高確率で見込まれるため、ほとんどのケースで病院への搬送が困難な場合を除いてATは現場での整復はするべきではない。

個人的な感想として、このPosition Statementを読む前のイメージと一番かけ離れていたのはこの肘関節脱臼の対処方です。肘関節脱臼は肩甲上腕関節脱臼ほどではありませんがたまに現場でも起こります。日本にいた頃も肘関節脱臼を整復しているところを見たこともあったので、そこまで特別扱いするような脱臼ではないのかなという印象でした。

ただ考察にこれと言って肘関節の単純脱臼に関して行わない方がいいとする理由は載ってなかったのは残念です。(残念ながら参考文献もアクセスできませんでした。)

 

2-5 Special Population

Recommendationの24から27はその他の患者に関する注意事項です。内容としては高齢者、子供、糖尿病患者、強直間代発作による脱臼の場合は現場での整復は望ましくないとあります。

 

ATの仕事をしているとほかの医療職ほどではないですが色々な患者さんを見ることがあります。特に糖尿病の選手は大体どこの大学にも一人はいますし、マラソン大会などでメディカルボランティアをしていたりすると高齢者の方を診ることもあります。また高校はアメリカのATのポピュラーな職場の一つでもありますし、今後それより下のユースカテゴリーなどでもATが活躍していくことが期待されています。上記に挙げられたような選手を診ることも今後あると思うのでしっかり対応したいですね。

 

まとめ

今回のポジションステートメントはあまり深く踏み込んだ内容ではなかったのは少し残念です。やはりすべてのSORがCだった事にも代表されるように現段階では研究が少ないのが浮き彫りになったかと思います。一方日本では柔道整復師の方が昔からスポーツ現場で整復をされているので日本の文献などではどうなのかは興味があります。(なにかおすすめの文献がありましたらイマザキまで)

 

本文の考察でもあるように、現場での早期の整復の利点として筋肉の硬直や浮腫が少ないので整復がやりやすいことが挙げられますが、何より選手が痛みで苦しむ時間が短くて済みます。(病院に連れて行って30分~1時間脱臼したままレントゲン待ちして、整復までさらに1時間ぐらい待つとか普通にあります)アメリカでもATが合法的に整復できる流れが出来ているので僕もぜひ習得したい技術です。

 

それでは。