アスレティックトレーニング備忘録

米公認アスレティックトレーナーがスポーツ傷害、リハビリ、トレーニングなどについて不定期で書いてます。

ATC取得へ 出願編

こんにちは。イマザキです。

 

今回も前回に引き続きATC取得までの道筋をご紹介しようと思います。

 

前回の記事でもお伝えしましたがATC取得のためには認定プログラムを終了しBOCの試験を受ける必要があります。この認定プログラムは現在では大学院レベルでしか受講することができませんのでこれからATCを取得しようと考えている方はアメリカの大学院に進む必要があります。この認定プログラムに入るためには主に以下のステップを踏みます。

 

学校探し


願書提出・面接等・合格発表


I-20取得・ビザ取得

 

最初にして最も重要なステップ学校探しに関しては前回詳しく書いたのでそちらをご覧ください。

zaki-at.hatenablog.com

 

今回は2番目のステップである願書の提出と面接について書こうと思います。

 

1、アカウント作り
さて学校を調べ、何校か気に入った学校が見つかったら今度は出願に向けて準備をしなければいけません。まずやらなければいけないことはその学校のwebサイト上で出願用のアカウントを作ることと、必要な書類を確認することです。

 

大抵の学校はWebページのトップに “Admission”という項目があり、そこから学費や出願の締め切りなど各種これから受験しようと思っている人に必要な情報が得られるようになっています。

 

そしてそのページにほとんどの場合”Apply now”など出願用のページに飛べる項目があり、最初にアカウントの作成を求められます。基本的に必要な書類などはこのアカウントを通して提出することになります。

 

また同時にInternational Officeに連絡し、留学生に特別に必要な手続きが無いか確認したほうが無難でしょう。

 

2、書類の準備
アカウントを作ったら次は必要な書類などの準備に入ります。僕が卒業したネブラスカ大学オマハ校では以下の項目が必要でした。

  • Transcript (成績表)
  • GPA 3.0以上
  • Prerequisite Classの修了
  • GRE 287点以上
  • TOEFL-IBT 80点以上
  • ATC保有者の下での25時間以上の実習
  • 推薦者の連絡先
  • Statement of Purpose (志望動機)

おそらくほかの学校もあまり変わりは無いと思いますが必要書類等はその場所や年度によっても変わるので、参考までに見てもらえばと思います。以下でそれぞれについて大まかに説明します。

 

2-1、Transcript、GPA、Prerequisite Class
まずTranscript(成績表)についてですがこれはUnofficialとOfficialの二つがあります。これについては自分の所属していた、またはしている大学に聞いてみれば分かるかと思います。一つアドバイスですが将来留学を考えている場合、日本にいるうちに複数枚英語のOfficial Transcriptをもらっておいたほうが良いでしょう。アメリカの大学だとオンラインでもらえますが日本の大学だとまだ対応していないことがあり、郵送で送ってもらう必要があることがあります。

 

GPAとは成績を表す数値で最高4.0になります。日本の5段階評価を4段階評価にしたような感じです。基本的にTranscript上に記載されています。まだGPAを導入していない大学からアメリカの大学に進学する場合、出願先の大学によって日本の大学の成績をGPAに変換する際の決まりが違います。これに関してはプログラムディレクターとInternational Officeに問い合わせてみるのが良いでしょう。また求められるGPAの数値はその大学によって違います。

 

Prerequisite ClassとはATプログラムに入る前に終わらせていないといけない授業になります。基本的には解剖学や生理学、バイオメカニクスなどが含まれます。日本の大学の場合、やってる内容は同じなのに変な授業名なことがあります。その場合、授業で配られるレジュメを翻訳しプログラムディレクターに送らなければいけません。学校によってはきちんと翻訳家の照明も必要と言われることもあるようです。(学校がオフィシャルな翻訳版も出してくれるといいのですが、、、)

 

現在、高校生で将来的にATCの取得を考えている学生が日本の大学進学の際に気にしておいたほうが良い点はこのPrerequisiteの授業だと思います。日本の大学でこのPrerequisiteの授業を全部終えておけばスムーズにアメリカの大学院に進学することができます。

 

Prerequisiteの授業を全部終えてない場合でも、あくまでこのPrerequisite Classに関してはプログラムディレクターの裁量なので直接聞いてみるのがいいと思います。また、仮に1、2個足りてない場合でも場合によっては入学を認めてもらえることもあります。その場合はATプログラムと並行して足りていない授業を受けることになります。

 

2-2、GRE、TOEFL
次に必要なのはGREとTOEFLのスコアです。GREとは大学院に進むにあたってアメリカの学生が受けるテストで英語と数学のテストから成ります。このテストは何回でも受けることができるのである程度早い段階で一回受けておくことをお勧めします。(受験料は毎回かかるのでできれば2回以内に合格点を取りたいところです)

 

余談ですが、このGREの英語のパートは激ムズです。ネイティブの学生と同じテストを受けるわけなので当然といえば当然ですが見たこともない単語のオンパレードです。しかし数学のパートは拍子抜けするほど簡単です。ほとんどのATプログラムの場合、合計のスコアしか必要ないので数学パートを重点的に勉強したほうが良いかなと思います。

 

また留学生はTOEFLのスコアも必要になります。これも何回でも受けることができる為問題形式に慣れるために早めに一回受けておくことをお勧めします。(GREと同様に受験料が馬鹿にならないので、できれば2回以内に合格点に達したいところです)

 

両方ともその学校によって求められるスコアが違います。個人的な感覚としてはD1の大学の方が高得点を求められる傾向にあるのかなと思います。またこのスコアはあるに越したことはないのですが、仮に数点足りなくても入学を認めてもらえることもあります。もし書類提出ギリギリでスコアが足りていなくてもダメもとで出してみるのもありでしょう。

 

2-3、ATC保有者の下での25時間の実習、推薦者の連絡先
ネブラスカ大学オマハ校では出願にあたって、ATC所有者のもとでの実習が求められました。これはプログラムを始める前に実際にアスレティックトレーナーの仕事がどのようなものかを体験してもらおうという狙いがあるようです。

 

日本の学生の方で周りにATCの有資格者がいない場合取れる方法は主に2つだと思います。1つ目は周りのトレーナー活動をしている人に知り合いがいないか聞いてみるというもの。トレーナー業界は狭い世界なので、おそらく周りにいる方に伺えば誰かしら見つかるとは思います。

 

2つ目はJapan Athletic Trainer’s Organization (JATO)のホームページから問い合わせてみるという方法です。JATOとは日本人でATCを取得した人で作られている組織で、日本でのアスレティックトレーニングの普及に尽力されています。このJATOのWebサイトにお問い合わせフォームもあるので誰かしら紹介していただけると思います。

 

また出願にあたって実習とは別に推薦者二人分の連絡先の提出を求められます。こちらはATCでなくともいいので、自分の研究室の教授やお世話になっているトレーナーの方が望ましいでしょう。

 

絶対連絡するかはその学校に寄りますが必要があれば、メールや電話でプログラムディレクターから連絡がいきます。なのである程度英語が出来る方の方がスムーズかもしれません。また、学校によっては連絡先ではなく推薦状(Letter of Recommendation) を求められることもあります。

 

2-4、Statement of Purpose
最後にStatement of Purposeです。こちらはなぜアスレティックトレーナーになりたいのかを書きます。日本でいう志望動機というやつです。分量はその学校にもよるかと思いますが大体700文字から1000文字程度だと思います。内容としてはなぜアスレティックトレーナーになりたいのか?将来何がしたいのか?という事を書いていけばいいと思います。これを書く作業は面接のときの受け答えに生きてきます。

 

またこれに限らずアメリカの小論文やカバーレター等にも言えることですが、内容と同じくらい文法も重要な評価対象に入るという事は頭に入れておいたほうがいいと思います。なので、何回でも英語の先生やネイティブの方、知り合いのATCの方に見せてアドバイスを貰う方が良いでしょう。

 

3、面接
さて、必要な書類を提出して必要なスコアを満たしたら次は面接の準備です。面接についてですが、ほとんどのケースで留学生はスカイプ上で行う事も出来ます。大体の学校で面接の日に施設等の案内もしてくれるので、実際に現地に行って学校の雰囲気を感じるのもアリだとは思いますが、そこは予算と相談です。スカイプで面接をしたからと言って合否に不利に働くという事はありません。

 

主に聞かれる質問としては以下のようなことが聞かれます。

  • 強みと弱みはどこか?
  • 5年後何をしているか?
  • 10年後何をしているか?
  • なぜアスレティックトレーナーになりたいのか?

ほかにも聞かれることはあると思いますが大体毎年同じなので、そのプログラムの学生とコンタクトが取れると対策を立てやすいでしょう。大体面接の数週間後に合否の連絡があります。

 

まとめ
具体的なイメージが出来て来ると何をしたらいいか分かり行動に繋がると思うので、今回の記事でなんとなくATプログラムに出願するためにはこういう手順が必要なんだという事がイメージできるようになってもらえたら幸いです。意外と準備しなければいけないことが多いので早めに動きだしたほうが良いですね。

 

それでは。

ATC取得の為の学校選び

こんにちは。イマザキです。

 

学生の方や高校生の方向けに、何回かに渡ってATC取得までの道筋をまとめてみようかと思います。ちなみにアスレティックトレーナーがどのような職業かということや、日米での立場の違いなどは過去にブログに書いたのでそちらをご覧ください。

zaki-at.hatenablog.com

 

zaki-at.hatenablog.com

ATC取得のためには認定プログラムを終了する必要がありますが、そのプログラムが始まるまでの大まかな流れとしては以下のようになります。

 

学校探し

願書提出・面接等・合格発表

I-20取得・ビザ取得

 

上記にも挙げたようにまず大前提としてATCを取得するためには認定プログラムを終え、BOC試験に合格する必要があります。これまではこの認定プログラムは学部レベルの授業だったのですが、2020年より修士レベルに完全に移行することが決まっており、すでにほとんどの大学が移行を完了しています。つまり、これからATCを取得しようと思っている方は認定プログラムのある大学院に行かなくてはいけません。

 

この大学院を探す方法ですが、CAATEというプログラムの認定を統括している団体のこちらのwebサイトから検索できます。

 

ちなみにこれからATCを取得しようと思っている学生を対象にしているのはProfessional programになります。僕が初めて検索したときはProfessionalという言葉に惑わされ、どれがエントリーレベルだよ!って混乱しました。

 

もちろん言うまでもなくこの学校さがしが一番大事な部分です。今回は個人的に学校を探すうえで大事なポイントを紹介します。

 

1、学校の規模、ディヴィジョン

アメリカの大学スポーツは多くの場合NCAAという統括団体の下、ディヴィジョン1(D1)からディヴィジョン3(D3)に分かれて行われています。JリーグのJ1、J2 のように入れ替えがあるわけではありません。このディヴィジョンは基本的に学校の予算や規模により分けられています。

 

アスレティックトレーニングのプログラム中は2000時間近い実習を行う必要があるのですが、大体はその大学のチームか近隣の高校で行う事になります。ですので自分の行こうとしている大学がどのディヴィジョンなのかという事は非常に大事な問題になります。

 

各ディヴィジョンのメリット・デメリットとしては以下のようなものが挙げられます。

D1の大学のメリット

  • ハイレベルなアスリートと関わることができる。
  • 就活に有利に働くことがある。
  • ATだけでなくSCやPT、栄養士など他の資格を持った人もチームについているため、いろいろなことを学べる機会が多い。

D1の大学のデメリット

  • 実習中にやらせてもらえることが限られてくる場合がある。
  • 学費が高いところが多い。

 

D2、D3の大学のメリット

  • 実習中にやらせてもらえることの幅が比較的広い。
  • 学費がD1の大学と比較して安いことが多い。
  • 求められるTOEFLのスコアが低いことが多い。

D2、D3の大学のデメリット

  • 施設やアスリートのレベルはD1の大学に比べると落ちる。

 

これはあくまで大雑把に見た時の傾向なので、実際は卒業生やプログラムディレクターに連絡してみた方がいいと思います。余談ですが、カレッジスポーツ観戦を楽しみたいと思う方はやはりD1の大学が良いでしょう。その規模に驚かされます。

 

2、プログラムのBOC合格率、生徒数

次に紹介する指標はプログラムのBOC合格率と生徒数です。認定プログラムを終了したからと言ってATCを取得できるわけではありません。その前にBOCの試験を受けなければならないのです。そしてどこの大学もこのBOC試験の合格率をWebページ上で公開しています。(ちなみにこちらが僕の卒業したネブラスカ大学オマハ校のATプログラムのwebページです。)

 

このBOC試験の合格率ですが、これはプログラム自体を評価するうえで割と大事な指標になるかと思います。例えば、この合格率が良いプログラムは熱心な学生が集まっていて、教授やインストラクターの指導も丁寧なことが多いです。逆にこれが低いと、指導者に問題があるか、あまり勉強しない学生が集まっているかだと思います。

 

またプログラムの生徒数も大事な指標になります。アスレティックトレーニングのプログラムは座学に加え、実技の授業も多いのですが生徒数が少ないほど細かな指導を受けることができます。また実習の際、生徒数が多い場合なかなか希望のスポーツに行くことができない場合があります。なので、生徒数が多すぎないプログラムの方が僕としてはおすすめです。

 

3、留学生の有無

そのプログラムに留学生がいる、または居たかというのは日本からATCを取りに来られる学生にとっては大きなポイントです。ほとんどの大学にInternational Officeという留学生関係の手続きなどを行ってくれる部署があるのですが、過去に留学生がいたことのない場合プログラムディレクターとInternational Officeは接点が全くないので連携が上手く取れない場合があります。

 

その点、留学生が多いプログラムだとプログラムディレクターも過去の経験があるので、何か問題が起こった際によりスムーズに対応を教えてくれます。また留学生が多いプログラムはほかの学生も留学生に優しい印象があります。

 

この留学生の数ですが、プログラムディレクターに直接聞くのが良いでしょう。また現在もしくは過去に留学生がいた場合、その人の連絡先を教えてくれることもあります。実際に日本からその大学に行った人の意見なので参考になると思います。

 

4、卒業生の進路、夏季インターン先

他に大事な要素として、そのプログラムの卒業生の就職先や在学生の夏季インターン先がどこなのかという事もあります。アスレティックトレーナーの世界ではコネクションは非常に大事です。もし特定のスポーツやチームで働きたいと考えるなら、そのチームのATがどこの大学を卒業したかを調べるのも一つの手だとは思います。

 

個人的にもっと大きなウエイトを占めるのはここ数年の生徒がどこで夏季インターンをしたかだと思います。いろいろなところで、毎年どこそこの学校から一人インターンを取っているとか聞くことがあります。まだ学生で個人間の経験にそれほど差が無いからこそ、その大学のプログラムの信用度が夏季インターンを探す上で大事になってきたりします。これも直接プログラムディレクターに聞くのが良いでしょう。

 

5、学費、生活費

留学生にとって一番大きな悩みどころはお金の問題だと思います。これは学校によって様々ですが基本的に日本の倍近くまたはそれ以上します。お金の面でのポイントとしては次の2点が挙げられます。

 

奨学金はもらえないか?

実はアメリカの学生のほとんどが何らかの奨学金をもらっています。(日本学生支援機構の似非奨学金と違って返済義務はありません)これはその学校のWebサイトにも載っていることもあるのですが、僕のおススメはこれも直接プログラムディレクターに聞くことです。

 

ちなみに、僕の卒業したネブラスカ大学オマハ校では幸運にもその学部の院生全員を対象にした奨学金があり、授業料は約半分で済みました。

 

物価などはいくらか?

大学のある場所の物価や家賃がどの程度の値段なのかを調べることは大切なことです。最低でも2年間生活するわけですから、この生活費の差は馬鹿になりません。極端な例を出すと、ニューヨークに住んでいる僕の友人は家賃が月700ドルするといっていました。オマハにいた頃は450ドルだったのでひと月だけで250ドルも差があります。また基本的に家賃が高いところはその他の生活必需品も高いです。

 

まとめ

今回は学校を探す上で重要になってくるポイントをいくつか挙げてみました。ほとんどの項目で書きましたが、これらを調べる際に結局、プログラムディレクターに直接聞くのが一番確実で一番早い方法だと思います。ちなみにプログラムディレクターの連絡先は大学のプログラムのwebページ上に記載されています。

 

近年ATプログラムの大学院への移行に伴い、多くの大学の教授陣も生徒数を集める為に留学生の勧誘により一層取り組んでいます。なのでほとんどのプログラムディレクターが快く質問に答えてくれると思います。はじめは英語でメールを送るのを躊躇うかもしれませんがやらなきゃ始まりません。覚悟を決めて頑張りましょう。

 

それでは。

スペシャルテストの正確さをどうやって評価するか?

こんにちは。イマザキです。

 

今回はスペシャルテストに関する論文を読む際に大事になってくる用語を紹介します。

 

1、スペシャルテストとは?
スペシャルテスト(またはストレステストとも言いますが)とは何かの障害が疑われる際に用いられるマニュアルテストの事を指します。代表的な例で言えばACL損傷が疑われる際に用いられるラックマンテストや棘上筋損傷が疑われる際に用いられるエンプティ―カンテストなどが挙げられます。

www.youtube.com

 

様々なケガに対して多くのスペシャルテストがあり、スポーツ医学系の学部または専門学校で障害の評価の際に学ぶことも多いと思うのですが、それぞれのテストがどれほど正確かという事までは僕が学生の頃、日本では習いませんでした。(単純に僕が勉強不足だった可能性もありますが、、、)

 

もちろんこれらのテストは手技ですので経験がものをいうという側面はあります。(実際、整形外科のドクターが行う場合、動きに無駄がなく力加減も絶妙で惚れ惚れします。)しかし経験豊富なドクターが行った場合においても正確なテストとあまり正確でないテストがあったりします。これらはきちんと論文に書かれていることも多く、そのテストの特性を知ることは実際に評価を下す際に役に立ちます。また新しいスペシャルテストを学んだ時にそれって実際どのくらい正確なのかを調べることは実際に現場でそのテストを使うのかの判断に役立ちます。

 

ということで本題に入りましょう。

 

2、再現性
そのテストが実際に有用かを考える際に必要なこととしてまず再現性と正確性が挙げられます。ここではまず再現性を見ていきましょう。

 

再現性とはその名の通り、同じ結果が得られるかという事です。スペシャルテストを評価する際、再現性には大きく分けて2つの再現性があります。一つはInterrater Reliabilityで二つめがIntrarater Reliabilityです。値としては0から1.0の間の値を取ります。

 

Interrater Reliability:評価者間の評価の結果がどの程度一致するかを示します
Intrarater Reliability:同じ評価者が複数回評価を行った際、どの程度結果が一致するかを示します。

<0.5:Poor

0.5-0.75:Moderate

>0.75:Good

 

再現性が低い=正確性に欠けるという訳ではないのですが、スペシャルテストに於いては再現性が低いものはあまり現場で使えるとはいいがたいでしょう。

 

3、正確性
正確性とは簡単に言うとそのテストの結果がどの程度本当の状態と一致しているかという事を指します。スペシャルテストの評価においては、基本的にゴールドスタンダードトいわれる評価法とそのスペシャルテストの結果を比べます。ゴールドスタンダードはMRIの結果や内視鏡検査などがそれにあたります。そしてこのゴールドスタンダードの結果とスペシャルテストの結果を比べる際に用いられるのが下の図です。

 

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この図ではスペシャルテストとゴールドスタンダードとされるテストの結果に応じてTrue Positive, False Positive, True Negative, False Negativeに分類されます。この中でTrue PositiveとTrue Negativeの割合が大きいスペシャルテストが正確性の高いテストという事になります。

 

4、SensitivityとSpecificity
ここで単純にそのテストがどの程度正しかったかを見るのも良いのですが(TP/TP+FP Positive Predictive Valueとも言います)、それだと発生頻度が極端に低い障害の評価をする際に実際よりも低い値が出たり、複数の研究を比べたりする際に不都合です。そこでよく使われる指標がSensitivity とSpecificityになります。

 

Sensitivityとはそのテストがどの程度対象としているケガを負っている対象者を判別できるかを指します。True Positive Ratioとも言います。計算方法は以下のようになり、0から1.0の間の値を取り、1.0に近いほど良いとされます。

 

Sensitivity=TP/(TP+FN)

TP:True Positive, FN:False Negative

 

Sensitivityが良いテストは取りこぼしが少ないとも言えます。つまりSensitivityが良いテストでNegativeと評価されたものは診断の際に候補から外せる可能性が高くなります。よくSnNout (Sensitivity Negative finding rule Outの略)と呼ばれたりします。

 

SpecificityとはSensitivityの逆でそのテストがどの程度ケガを負ってない対象者を判別できるかを指します。True Negative Valueとも言います。計算方法は以下のようになりこれも0から1.0の間の値を取り、1.0に近いほど良いとされます。

 

Specificity=TN/(TN+FP)

TN: True Negative, FP: False Positive

 

Specificityが良いという事は別の言い方をすればPositiveと誤診しにくいという事になります。なのでここでPositiveになった場合、より一層そのケガを負っている可能性が高いという事を意味します。またSpPin (Specificity Positive finding rules Inの略)と呼ばれたりします。

 

4、Positive Likelihood RatioとNegative Likelihood Ratio
先に挙げたSensitivityとSpecificityという値も十分に使える値ですが、ほかにもLikelihood Ratioという指標も存在します。これはそのテストを行った結果、本当にそのケガを受傷している可能性(Negativeの場合は受傷していない)がどの程度上がるかを示します。

 

計算式は以下のようになります。一般的にPositive Likelihood Ratioで10以上、Negative Likelihood Ratioで0.1以下が非常に優れたテストとされています。

Positive Likelihood Ratio=Sensitivity/(1-Specificity)

>10: Excellent

5-10:Moderate

2-5:Small

1-2:Very Small

 

Negative Likelihood Ratio=(1-Sensitivity)/Specificity

<0.1:Excellent

0.1ー0.2:Moderate

0.2-0.5:Small

>0.5:Very Small

 

 

本来はMonogramという図を用いて使われます。このMonogramの左の値はそのケガの発生率を表します。また真ん中の値はLikelihood Ratioを、そして右側の値はそのテストを行った後のそのケガを負っている可能性を表します。使い方はそのケガの発生率とそのテストのLikelihood Ratioを線で結びその延長線上で右の縦軸にぶつかったところの値がそのケガを負っている可能性になります。

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このテスト前の発生率は、調査などで分かっていればそれに越したことはないのですが、実際にはそのようなケースは稀です。またその競技によっても変わってきます。例えばバスケ選手では肩のSLAP損傷はあまり起こることはありませんが、野球選手だとその可能性は上がり、ピッチャーに限定するとさらに上がります。さらに受傷起点や症状を考慮に入れるとそのテストをする前の時点でのケガの可能性は変わってきます。

 

なので実際に現場で使うとしたらMonogramではなく大まかに上に挙げた数値を参考にこのテストはPositive Likelihood Ratioがどのくらいか、Negative Likelihood Ratioがどのくらいかを頭に入れておくのが良いのではないかと思います。

 

 

まとめ
上をまとめるとこのようになります。

SpecificityとPositive Likelihood Ratioが良いテスト→Positiveの際に重視。
SensitivityとNegative Like Likelihood Ratioが良いテスト→Negativeの際に重視。

 

今回はスペシャルテストの正確性を評価する際に用いられる用語を解説しました。それぞれのテストで診断の考慮に入れることが得意なテストがあれば、逆に考慮から外すのが得意なテストもあって、同じケガを評価するスペシャルテストでも性格が違うよってことが分かってもらえばと思います。

 

またどんどん新しいスペシャルテストが出てくるので、新しいテストに出会ったら上に挙げた数値は今までのテストに比べてどうなのかという事に注目してみるのもいいでしょう。

 

それでは。

投球数とケガの関係

こんにちは。イマザキです。
少し前の話になりますが、ツイッターでこのような記事を見かけました。

www.nikkansports.com

 

高野連と言えば、先日ダンス部の発表会に野球部員が出たことが問題となり川渕さんも激怒されたと話題になりましたが旧態依然な態度には正直がっかりします。

www.nikkansports.com

自分たちも甲子園で入場料取ってるだろとか、アメトーークの甲子園芸人の時にブラスバンドの演奏取り上げてたろ、それは他の部活の商業利用じゃないのかとか色々思うところはありますが、そちらは僕の専門ではないので、今回は上記に挙げた球数制限について書こう思います。

 

1、ピッチスマート

よく野球界で球数制限について話が出るときに参考にされるのがMLBの出しているピッチスマートというガイドラインです。このガイドラインでは7歳から22歳まで各年齢に応じた試合での球数といくつかのアドバイスが述べられています。例えば、高校生の年齢でいうと15-16歳は95球、17-18歳は105球となっており、連投の場合は30球、中1日の場合は45球となってます。(以下の図を参照)

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Pitch Smart

球数制限の話が出る際、つい何球かという話が多くなってしまいがちですが実際にこのような投球数のガイドラインを守ることによってどの程度障害が防げるのかという事はあまり聞いたことがないでしょう。僕もそういえばどのくらい効果があるのかと思い調べてみました。

 

2、投球数と疲労、ケガ

2002年の9歳から14歳の投手を対象にしたLymanらの論文によると、1試合当たり24球以下の投手に比べ75球から99球投げた投手は1.52倍、100球以上投げた投手は1.77倍肩の痛みを感じる可能性が高いことが示唆されています。また13歳から14歳に限定した場合この数値はそれぞれ2.17倍と2.15倍に上がります。ちなみにこれは肩の痛みですが肘の場合は統計的な有意差は確認されてません。

上の値は1試合の投球数ですが、シーズンを通しての投数だとどうでしょう。同じ論文に寄りますと、シーズンを通して200球以下の投球数の投手と比べ600球以上の投手は肘で3.34倍、肩で2.90倍痛みを訴える可能性があるとあります。また肩に関しては800球以上で3.29倍にまで膨れ上がります。さらに2011年のFleisigらの論文によると、1年間に100イニング以上投げる投手はそうでない投手に比べ3.5倍ケガをするリスクが高くなることが示されています。ちなみに夏の甲子園で東京代表になるには予選だけで6~8試合勝つ必要があるのでエースに頼りきりのチームだとすぐに年間100イニングはいってしまいそうです。これらの結果を見ると1試合の投球制限も大事ですがシーズンを通しての投球数や投球回数の方が大事なのかなという印象を持ちます。

また別の項目として連投の影響も考える必要があるでしょう。2014年のYangらの論文によると、2日連続で投げた投手はそうでない投手と比べ4.36倍腕の疲労を感じ、2.53倍痛みを感じるようです。日本の大会などでは連戦になることも少なくないですから見逃せない数値ですね。

先ほどから、痛みとか疲労とか書いてるけどケガじゃないじゃないかと思う方もいるかと思います。しかし痛みや疲労を抱えたまま投げることはケガにつながります。例えば先ほどの論文によると、よく疲労を抱えたまま投げると答えた投手はそうでない投手と比べ7.88倍ケガをする可能性があり、たまに疲労を抱えたまま投げると答えた投手でも3.71倍ケガをする可能性が高まります。痛みの項目でも似たような値になり頻度に応じて7.50倍と5.40倍になります。

 

まとめ

投球数、投球回数、疲労などなどいろいろ要素はありますが、どれも統計的にはケガにつながりそうだという事が分かります。いくらケガの可能性やそれに伴って選手生命が短くなる可能性があるといっても、選手としては勝ちに拘りたいものです。また監督としても自分のチームだけ球数を抑えて、勝負所で2番手、3番手のピッチャーに交代するのは勇気がいることだと思います。なので選手の健康を守るためには強制力のあるルールを施行することは重要ではないかと思います。

とは言うものの球数制限がどの程度、高校野球の戦術等に影響するのかは未知数です。例えば私立がさらに有利になってしまうのではという意見もあります。(個人的には投手の才能に頼れない分、指導者のレベルの違いが如実に出てしまうとは思います。)そこも含めて今回のニュースで挙がった新潟をモデルケースにして球数制限の良し悪しを見極めればよかったのにと非常に残念に思います。高野連はもっと時代に即した対応をして欲しいですね。

ではまた。

米ATの脱臼対応 NATA ポジションステートメントより 

こんにちは。イマザキです。

先日National Athletic Trainers’ Association (NATA)の脱臼の処置に関する新しいポジションステートメントが出ました。今回はそのポジションステートメントを紹介したいと思います。

 

1、背景

まずポジションステートメントの本文に入る前に、背景となるアメリカの脱臼に関するアスレティックトレーナー(AT)事情を説明しようと思います。

 

脱臼が起こった際に関節を元の状態に戻すことを整復といいますが、日本の場合医師並びに柔道整復師の資格を持った人がこの整復を行うことができます。日本でチームについてトレーナー活動をされている方の多くがこの柔道整復師の資格を持っている為、選手が脱臼した際にその場で整復をしているところ見た人もいると思います。

 

しかしアメリカの場合、今までは医師による整復が一般的でした。その理由の一つに整復の技術がアスレティックトレーナーの教育プログラムに入っていなかったことが挙げられます。僕もアスレティックトレーニングの授業では脱臼が起こった際は末端の血流並びに神経の状態を確認し患部を固定したうえで病院に送るように教えられました。僕は整復のトレーニングを受けたわけではなく、整復の技術も今のところはないのでこの通りに対応しています。

 

あくまで主観ですが、柔道整復師の方が活躍されている日本では脱臼→その場で整復→骨折などの検査の為病院へ搬送というパターンが多いのに対して、アメリカでは脱臼→病院へ搬送→医師による整復というパターンが多いのではないかと思います。(もう一度言います。あくまで個人の主観です‼)

 

しかし2020年から施行される新しいアスレティックトレーニングのカリキュラムの中に整復が含まれることが決まっています。(あと生理食塩水やインシュリンの投与、傷の縫合、Joint manipulationも。羨ましい‼)このこともあり今後アメリカでのスポーツ現場での脱臼に対する処置が変わってくることが予想されます。

 

2、Position Statement

さてやっと本題のポジションステートメントに入ります。今回のポジションステートメントのタイトルはNational Athletic Trainers' Association Position Statement: Immediate Management of Appendicular Joint Dislocationsです。

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今回のポジションステートメントには27個のRecommendationが記載されています。しかし、なんとそのすべてのStrength of Recommendation (SOR)がABC評価のうちのCでした。上記にもあるように今までスポーツ現場で整復をするというケースが少なかった為、研究自体の少なさが表れていると思います。また新カリキュラム導入にあたって、NATAとしても現場での対応の方針を示さなければいけないという事情もあるのでしょう。では大雑把にこれらのRecommendationを見ていきましょう。

 

2-1 Legal Consideration

Recommendationの1から3はLegal Consideration (法的考察)について述べられています。 法的な事柄が最初に来るのはいかにもアメリカらしいといえばアメリカらしいと思います。

主な内容としては、事前に州のレギュレーションを確認する事、事前に雇用契約書や雇用先のポリシーを確認する事、そして事前にチームドクターによるどの部位の整復をどのような手法でATが行うのかを記載した書類を作ることが挙げられています。

 

アメリカでのATの活動内容の制限は州によって異なります。例えばATが針治療を行える州都行えない州があります。同じように整復に関しても事前に州の法律を確認する必要があります。また整復の場合、少ないとは言え整復によって骨や軟部組織が傷つくこともある為事前にポリシーを作って選手からも同意をもらっておくことは訴訟のリスクを軽減することにもなります。(最近何でもかんでもポリシーを作れってのはどうなのとは思いますが、、、)

 

2-2 Technique and Skill Considerations

Recommendationの4から8はテクニック&スキルに関して書いてありますが、具体的な手法についての言及ではなく、チームドクターがATに対して整復の方法などを指導し、ATはその指導の範囲内の状況でのみ整復を行うのが望ましいという旨の内容が書かれています。

 

アメリカでのATの活動は、原則的に医師の管轄の下でという事がほとんどの州の法律に明記されています。病院で働くATの場合はその病院のドクターの管理下にありますし、大学等で働く場合はチームドクターの管理下にあります。今後、学校で整復を学んだATと僕らのような学んでいないATが混在することになる為、ATを管轄する医師を通して誰が整復を行っていいのかをあらかじめ決めておきなさいという事のようです。こういう新しい基準ができたときにその基準以前に資格等を取得した人の扱いは難しいですが、このように現場に応じて柔軟に対応できるのは医師とATの関係がしっかり体系化されているアメリカの制度の強みかなと思います。

 

2-3 General Patient Management Considerations

Recommendationの9-14は脱臼の処置に関する大枠が述べられています。内容としては、整復を行う前後に血流や神経症状の確認をすること、骨折が疑われる場合は整復を行わないこと、整復後は患部を固定の上病院へ搬送する事、骨端軟骨が閉じていない年齢である場合は整復を行わないことです。どれもベーシックな内容ですが、脱臼の際の末端の神経血管系の確認は絶対に忘れてはいけないことだと思います。

 

2-4 Joint-Specific Recommendations

Recommendationの15から23に関しては各関節に関する留意事項が書かれています。これも具体的な手法などではなく、あくまで大雑把な内容です。共通する部分としては、医師の指示の下で整復を行う事(これはあくまでシーズンが始まる前などの事前の申し合わせの中での指示で現場での指示というわけではない)。整復が一度で上手くいかなかった場合、複数回整復を試みるのは望ましくないといことが挙げられています。

 

それに加えて各関節の注意事項としては以下のようなものが挙げられています。

肩甲上腕関節:骨折もしくは後方脱臼が疑われる場合は整復を行わず、固定の上病院へ搬送する事。

肩甲上腕関節のほとんどは前方脱臼でフットボールのようなコリジョンスポーツですと毎シーズン最低1回は遭遇する印象です。このポジションステートメントの考察にもありますが非常に強い痛みを伴うため整復が可能であればその場で整復してあげた方が選手にとってはありがたいでしょう。

 

股関節:骨折を伴うことが多いため、必ず整復後に病院へ搬送する事。

このPosition Statementの考察によると、股関節脱臼後の大腿骨骨頭の阻血性壊死を防ぐために早急な整復が必要と考えられているようです。とは言うものこの考察に挙げられている先行研究によると6時間以内なようなのでよほどの過疎地にいない限りは大丈夫かなとは思います。

 

脛骨大腿関節:神経血管系の損傷を伴う可能性が高い為末端の状態を確認する事。複数の靭帯損傷を伴う場合は脱臼後自然に整復されたとみなして対応する事。

脛骨大腿関節、いわゆる膝関節が脱臼した場合もはや整復とかそれどころじゃないなとは思います。考察によると脛骨大腿関節脱臼患者の10-64%が血管も同時に受傷しているとある為、実際に遭遇した際は慌てずに患部の固定と末端の神経血管系の確認をしなければいけないと思います。

 

肘関節:骨折と神経血管系の損傷が高確率で見込まれるため、ほとんどのケースで病院への搬送が困難な場合を除いてATは現場での整復はするべきではない。

個人的な感想として、このPosition Statementを読む前のイメージと一番かけ離れていたのはこの肘関節脱臼の対処方です。肘関節脱臼は肩甲上腕関節脱臼ほどではありませんがたまに現場でも起こります。日本にいた頃も肘関節脱臼を整復しているところを見たこともあったので、そこまで特別扱いするような脱臼ではないのかなという印象でした。

ただ考察にこれと言って肘関節の単純脱臼に関して行わない方がいいとする理由は載ってなかったのは残念です。(残念ながら参考文献もアクセスできませんでした。)

 

2-5 Special Population

Recommendationの24から27はその他の患者に関する注意事項です。内容としては高齢者、子供、糖尿病患者、強直間代発作による脱臼の場合は現場での整復は望ましくないとあります。

 

ATの仕事をしているとほかの医療職ほどではないですが色々な患者さんを見ることがあります。特に糖尿病の選手は大体どこの大学にも一人はいますし、マラソン大会などでメディカルボランティアをしていたりすると高齢者の方を診ることもあります。また高校はアメリカのATのポピュラーな職場の一つでもありますし、今後それより下のユースカテゴリーなどでもATが活躍していくことが期待されています。上記に挙げられたような選手を診ることも今後あると思うのでしっかり対応したいですね。

 

まとめ

今回のポジションステートメントはあまり深く踏み込んだ内容ではなかったのは少し残念です。やはりすべてのSORがCだった事にも代表されるように現段階では研究が少ないのが浮き彫りになったかと思います。一方日本では柔道整復師の方が昔からスポーツ現場で整復をされているので日本の文献などではどうなのかは興味があります。(なにかおすすめの文献がありましたらイマザキまで)

 

本文の考察でもあるように、現場での早期の整復の利点として筋肉の硬直や浮腫が少ないので整復がやりやすいことが挙げられますが、何より選手が痛みで苦しむ時間が短くて済みます。(病院に連れて行って30分~1時間脱臼したままレントゲン待ちして、整復までさらに1時間ぐらい待つとか普通にあります)アメリカでもATが合法的に整復できる流れが出来ているので僕もぜひ習得したい技術です。

 

それでは。

脳震盪の復帰プロセスとConcussion Policyについて

 

こんにちは。イマザキです。
先日Gリーグでプレイしている渡邊雄太選手が脳震盪を受け、数試合ベンチを外れるというニュースがありました。(幸いにも今日復帰したようですが)。脳震盪は近年アメリカのスポーツ界では問題になっており、どの競技団体もConcussion Policy(簡単に言うと脳震盪が起こった際の決まり事)を定めています。日本の競技団体ではまだあまり浸透していないため、渡邊選手がどのような過程を経て復帰するのかイメージがわかない方もいると思うので僕の分かる範囲で紹介していこうと思います。

 

1、復帰プロセス
National Basketball Association Concussion Policy 2018-2019 Seasonに寄りますと、脳震盪の診断を受けた選手は安静にし、脳震盪の症状が寛解後チームドクターの許可のもとReturn to Participation Exertional Processを始めるとあります。このプロセスには低強度から順にStationally Bike, Jogging, Agility Work, Non-Contact Team Drillsが含まれており、段階的に強度が上がっていくように設計されています。このプロセスは2016年の国際学会でのコンセンサスステートメントをベースにして作られています。このコンセンサスステートメントではlight aerobic exercise、sports specific activity、Non-contact training drills、Full contact practiceとなっています。


NBAのConcussion Policyもこのコンセンサスステートメントでも次のステージに進むにはメディカルスタッフ(主にチームドクターもしくはアスレティックトレーナー)による評価が必要で、もし脳震盪の症状が再び出てしまった場合、症状が治まるまで安静にした後、同じステージから再開になります。NBAのConcussion Policyには明確な記載がありませんがコンセンサスステートメントによると各ステージの間は24時間開けるのが望ましいとあります。実際に僕もジョギングをした直後は問題なくても次の日に頭痛が出てしまったという経験があるので次のステージまで時間を空けることは大切だと思います。


ここで注意が必要なのは、脳震盪の復帰プロトコルにはタイムフレームが無いという事です。最短で行けば1週間程度で復帰できますが(それでも1週間程度かかります、日本のように次の日に試合に出られるわけではありません)、中には数週間から数か月必要な選手もいます。脳震盪からの復帰には個人差が大きいという事を覚えておいてください。

 

2、競技復帰
National Basketball Association Concussion Policy 2018-2019 Seasonに寄りますと競技復帰には以下の条件が求められます。

  • 安静時に脳震盪の症状が無いこと。
  • 医師による診断を受けたこと。
  • Return to Participation Exertional Processを終えたこと。
  • チームドクターがNBA Concussion Programディレクターと協議をしたうえで復帰可能と判断したこと。

これはあくまでNBAのConcussion PolicyなのでNBAのルールです。ほかのリーグについては後述しますが、最後に医師の許可が必要なのはアメリカでは一般的です。

 

3、ほかの競技について
どの競技、団体においても安静→段階的エクササイズ→医師の許可→競技復帰という一連の流れは同じなのですがほかの競技のConcussion Policyにみられる特徴をご紹介します。

 

MLB:
MLBと選手会のCollective Bargaining Agreementによると脳震盪と診断された選手に対してチームは特別に7日間の故障者リスト枠を使うことができます。普通の故障者リスト枠が10日間か60日間なのでチームとしては脳震盪と診断された選手に対してよりフレキシブルにロースターを変更できるようにされているようです。もちろんこれは最短が7日間であるというだけで選手の回復度合いによって延長は可能なようです。


また復帰にあたってリーグのメディカルディレクターの許可をもらわなければいけないのはNBAと一緒ですが、MLBでは選手が復帰可能か疑わしい場合、メディカルディレクターにはチームに専門医に診察するように命令する権限があります。この専門医はそれぞれのチームのホームタウン毎にあらかじめリーグから認定を受けているようです。

 

NFL:
アメフトのプロリーグであるNFLではその競技特性上、脳震盪のリスクも高く過去に様々な批判を受けたこともありリーグとしてより脳震盪対策に力を入れているように感じます。


NFLのConcussion Policyの最大の特徴はチームに属していない医師が関わるという事です。まず脳震盪が疑われる場合、サイドラインでチームドクターとUnaffiliated Neurotrauma Consultant (UNC チームに属していない脳神経外傷の専門家)によって簡易な評価をします。もし少しでも脳震盪の疑いがあるようであればロッカールームに連れていきさらに詳しいテストをします。NBAとMLBがチームのATとチームドクターによる評価なのにたいしてNFLは外部の人間を入れることでより選手の安全を守ろうしています。また復帰にあたっても上記に挙げたようなエクササイズプログラムを終えた後、リーグから認められ尚且つどこのチームにも属していない神経科医から復帰の許可を得る必要があります。


試合数自体が少なく資金力もあるNFLならではだとは思いますが、さすがNFLという感じがします。


NCAA:
アメリカの大学スポーツを管轄するNCAAでは統一のConcussion Policyはないのですが、代わりに各大学にConcussion Policyを制定するように定めています。
例えばネブラスカ大学リンカーン校のConcussion Policyに寄りますとATがまず評価し脳震盪と疑われた場合、チームドクターによる評価が行われます。さらに症状が寛解し段階的エクササイズを始める前にドクターの許可得て、復帰前にもう一度チームドクターの許可を得ます。これはDivision 1のように資金がありチームドクターが定期的に学校に来てもらえるような学校ならではのConcussion Policyです。ちなみに僕が勤務している大学はDivision 2でそこまで資金がないためドクターによる評価は復帰前の一回です。


大学スポーツのConcussion Policyの大きな特徴としては学業に関する項目があることです。例えば先ほどのネブラスカ大学の場合、選手が脳震盪と診断された場合、チームドクターがアカデミックプログラムのアソシエートディレクターに連絡を取り、そこからその選手の取っている授業のインストラクターに連絡がいくようになっています。そして脳震盪の症状によっては授業を休むことや提出物の量を調整すること等が認められています。


脳震盪は認知機能にも大きな影響を与え、物事を考えたり集中したりすることで症状が悪化、また回復が遅くなると考えられているためこのように大学では学業面でもサポートが得られるようになっています。

 

まとめ
各リーグによって微妙な違いはあるものの脳震盪受傷→安静→段階的エクササイズ→医師の許可→復帰というプロセスはアメリカでは高校からプロまで普及しています。また脳震盪は最悪生死の関わるため、これらのプロセスをしっかり文章にしてあらかじめ決めておくことは選手の命を守るうえで重要なことです。あとATとしては文章になっていることで外からのプレッシャー(ファンや保護者、監督など)に対する武器になります。


今後選手の脳震盪のニュースを見聞きしたときに大体こんな感じで復帰してくるんだなって大雑把にでもイメージしてもらえると幸いです。また、日本ではまだ規定を作っている団体は少ないと思いますが、もし選手が脳震盪になった場合翌日にすぐ復帰させずに上記に挙げたプロセスを参考に時間をかけて復帰させてあげてほしいと思います。
ではまた。

エビデンスを用いるという事。EBPという考え方。

こんにちは。イマザキです。
ここ数年でメディカル、フィットネス業界でも“エビデンス”という言葉がよく使われるようになって来たと思います。今回はそんなエビデンスの話です。

 

エビデンスの話題になると、「治療やエクササイズの効果は個人差があるんだから当てにならない」という意見や、「俺はこのやり方でずっとやってきて効果があったんだ」という意見を聞いたことや見たことがあると思います。また鍼灸などの東洋医学に関してはそもそも研究の絶対数が少ないことなどもあり“エビデンス”という言葉に拒否反応を示す人もいると思います。
こういう意見に対して、論文の読み方、研究結果の解釈の仕方等を中心とした反論をよく見ます。それはそれでその通りだと思いますし、僕も参考にさせてもらっているのですが、そもそもエビデンスを用いるというのはどういう事なのかという視点が欠けているのではと感じていました。

 

1、EBPとは?
上にも書いたようにエビデンスを用いるとはどういう事なのでしょう?アメリカではこの問いに対してEvidenced Based Practice (EBP) / Evidenced Based Medicine (EBM)という考え方が一般的に使われています。このEBPは以下の3つの要素を基に構成されています。

  • Best Available Research (利用可能な最良の研究)
  • Clinical Expertise (臨床での経験)
  • Patient Value (患者の価値観、嗜好)

それぞれの要素の説明は後ほど行いますが、簡単にいうとこれらの要素をバランスよく自分の治療や運動処方に組み込みましょうという事です。ちなみにこの考え方はアメリカに来てから知りました。
ではそれぞれの要素を見ていきましょう。

 

2、Best Available Research、Clinical Expertise、Patient Value
Best Available Researchとはつまり現在得られる最高の研究結果です。上に挙げたよく見られる反論である論文の読み方や研究結果の解釈などはこのカテゴリーに属します。また個人的には日本人同士のエビデンスに関する議論はこのBest Available Researchという一つのカテゴリーに囚われすぎているのではないかと思います。

 

次にClinical Expertiseとは臨床での経験を指します。これはそのまま臨床での今までの経験を指します。やはり研究にも限界があり実際の治療となると論文や教科書には載っていないことが多々起こります。その時に役に立つのが今までの経験や経験者のアドバイスです。また徒手療法や東洋医学などは研究の数も少なくこのClinical Expertiseに寄るところも多くなってくるのではないでしょうか。

 

最後のカテゴリーはPatient Valueです。これは患者の好みや価値観の事を指します。いわゆる個人差というやつです。いくら研究で良いとされていたり、経験上効果があると思っていたりしても患者自身の意見を無視して治療を行うことはできませんよね?また様々な要因(既往歴や身体特性)によっていつも使っている治療法が選択できない時もあります。そういう時はその患者に合わせて治療法を変更、調整しなければいけません。

 

3、エビデンスを用いるとは?
僕はエビデンスを用いた良い治療とはこれらの3つの要素をバランスよく含んだ治療だと思います。経験だけで治療法を決めず、逐一現在の研究結果と照らし合わせてみる。研究では治療法Aが一番効果があると出ていても患者に合わなかったら次善の治療法Bを試してみる。こういった反復がエビデンスを用いるということだと思います。

 

そして自分の治療をさらによくするためにはそれぞれの要素の能力を高めることが大切ではないかと思います。例えばBest Available Researchの能力を高めるために研究結果を解釈する能力を高めるとか、Clinical Expertiseの能力を高めるためになるべく多くの症例に触れるなどです。


また個人的にこのEBPという考え方のいい点は、東洋医学など比較的研究の少ない分野でも用いることができる点だと思います。確かに臨床で使えるような研究結果が少ないとBest Available Researchの要素はほかの二つと比べて弱くなってしまいますが、EBPという考え方を念頭に置いて常に研究にも目を向けていれば、まだ研究結果が臨床に追いついていなかったとしても十分EBPを実践している、つまりエビデンスを用いているといっていいのではないかと思います。

 

まとめ
EBPという考え方について少しはご理解いただけたでしょうか?個人的には“エビデンスを用いた治療”=“論文を読む、研究であったことを使う”っていう単純なことじゃなくてもっと幅広い要素を含んでるんだよーという事が伝わればいいなと思いました。
ではまた。